認定NPO法人 幼い難民を考える会
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認定NPO法人 幼い難民を考える会 caring for young refugees / CYR
CYRカンボジア
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難民を生み出さない社会づくり

幼い難民を考える会が活動していたカンボジア難民キャンプでは、政治的解決が長引き、難民の人たちが、帰還できるようになるまでには、10年余りの歳月がかかりました。
  新しいボランティアがキャンプで働き始めると必ず聞かれる質問の一つが、「いつまでキャンプで働くの」でした。
配給に頼り、将来の生活への焦りと不安の中で、解決を待ちながら難民キャンプで暮らしている人たちにとっては、世界から忘れられることなく自分たちに声をかけ一緒に働いている外部の人の存在がどれだけ大きな励みになったことかと感じました。人と人とが身近に知り合い、何を考えているのか、どうしたいのかを知ることの大切さを教えられました。
  長引く内戦で、カンボジアは人材ばかりでなく多くの物を失ってしまいました。難民キャンプやその後カンボジア国内で知り合ったほとんどすべての人が内戦時代に家族や親せきを亡くしていました。地域や家族のつながり、信頼関係、教育や伝統文化、これらは人が人としての尊厳をもって豊かに生きていくために必要なものです。この損失は、新しい社会づくりに大きな足かせとなり、人材を育てる教育の分野でも学校も先生も教材等もすべてが足りず、カンボジアの復興・開発、そしてその後の社会づくりにリーダーシップを発揮できる人材が育つには長い時間がかかっています。
  当時、人々の生活はあまりにも貧しく厳しい状況で治安が悪く派閥間での武力を伴う対立が続いていました。大きな紛争になれば再び難民が出てしまいかねないことを痛感しました。特に都会で暮らしている人たちはその日食べるものをどうやって手に入れるか深刻でした。幼稚園や給食の支援をしていた地域の子どもたちの多くは、朝ご飯を食べずに学校へ来ていました。その村に住む足の悪いおばあさんと暮らしていた小学生は、ごみ拾いをしてプラスチックや鉄くずなどを集めて暮らしていました。見かねた近所の人たちが、お米を時々分けてあげていました。難民キャンプの保育センターで先生として働いていた女性にプノンペンであった事もありました。「難民キャンプの方が良かった、保育センターの仕事は楽しかった」と豚肉を売る市場での仕事は収入が少なく生活の困窮ぶりを訴えていました。
  政治や社会生活の安定、経済状況の改善によって人々が安心して暮らしていける自分たちの地域社会づくりをと会は子どもたちがおなか一杯食べられ、病気になっても信頼してみてもらえる医者がいる環境づくり、かけがえのない幼児期に安心して楽しく過ごせるようにと事業を実践し考えてきました。今、会のプノンペン事務所では、カンボジアの人たちが、自分たちで考え地域の人たちと事業を推進して行こうとしています。

  私が最初にカンボジアを訪れた1886年、プノンペンの空港は野原に小さな滑走路があるだけでした。飛行機からおりて空港ビルまで歩いて行った時、生暖かい埃の匂いのする空気を感じながらこれが難民の人たちの国、帰りたいけど、今は帰れない故郷なんだと不思議な感慨を覚えました。
  今この時にも、世界各地で政治的、宗教的な紛争で今までにない数の難民が出ています。
  紛争の真の原因や現場の人たちがどのように暮らし、何に困っているのかの本当の理由を知る努力をし、関心をもってつながっていくことができるようにしていきたいです。安心して生きられる難民を出さない社会づくりにつながるのではないかと思います。戦争は、何も良いことはありません。大国の思惑で危険にさらされるのは、普通の子どもたちでもあります。

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